塞翁が馬

例えば

私が中学生のとき、学校から家が遠かった。

毎日、長い距離を登校しながら

もう少し家が近いところにあったらなぁ、、と思っていた。

友達の家は、学校の目の前にあった。

遅刻寸前で家を出ても、余裕でセーフ。

ある日、その友達と話してて

「良いよねぇ、家が近いって。うらやましいよ」

そういうと、友達は、苦笑して、何も言わなかった。


今思うと、彼女は何て言って良いのか わからなかったのだろうな。

家が遠い、近い、というのは事実で、変えられないこと

だけど、それは自分の所為では、ない。

そこで、「遠くても、足が速くなるじゃない 」とか

「近いと、忘れ物が多くなって」 とか

たぶん、何を言っても、ふたりの立場が変わるわけでも

状況が変わるわけでも、ないのだから。

うらやむ気持ちを持つ人には、どうしたら良いのだろう。

なんと言ったら良いのだろうか。


人は、皆それぞれに苦も楽も背負っている。

それをどう感じるのか

それも又、人それぞれなんだろうけれど

楽の部分だけを 周りに見せているからといって

その人のすべてが、バラ色ではないことだけは

確か、なのだ。


うらやましい、と思ったら

自分の手の内を見てみるといいかもしれない。

案外、気がつかないだけで

かなり良い手札が 隠されているかもしれないのだから。


比べることは必要ない。

皆それぞれに、懸命に探して、生きている。

自信をもって、いいと思う。


「うらやましいよ」

と言ったその後、私たちの学校は統合され移転になり

学校のすぐ前の友達も、かなりの距離を登校することになった。

私はさらに遠くなったけどね。

でも、もう二度と、その友達に 「うらやましい」 という事はなかった。

カレシができたのだ。

長い距離もふたりでゆるゆると下校した。

ま、そんなもんである。










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