眠れる恋人 

~ Rezo? su? renacimiento ~




「時間だ」

腕時計を見て、僕は立ち上がった。

「もう少しだけ、だめか?」

「ああ。もう時間だからね」

しょうがない、というように彼が肩をすくめた。

「じゃ、続きはまた明日」

「ああ。悪いね」

机の上に広げられた資料を無造作に片付けて、彼に手渡す。

「毎日、この時間なのか?」

「うん。毎日だ」

「そうか。変わりないのか?彼女」

「ああ。・・・変わりない」

「そうか」

片手をあげて部屋を出る僕の背後から、彼の声が追いかける。

「よろしくな、きみの sleeping  beauty に。」


病院のエレベーターが地下に吸い込まれた。

音のない静かなフロアを、僕はひとり靴音をさせて歩いていく。

受付の女性は、チラリと僕を見て、軽く会釈した。

何も話すことはない。それでも、最初の頃は、天気のこととか

当たり障りの無い会話ぐらいはあった。

この十数年、僕が毎日通っているうちに

いつしか、話しは途絶えてしまった。 もう、十数年。


病院の地下の特別室に彼女は眠っていた。

眠り続けて長い間

僕は毎日、同じ時間にこうして会いに来る。

彼女と僕は

恋人同士だった。


「今度開発する新薬を、試してみたいのだけど」

「え?どんな薬なの?」

そのころ開発に成功しつつある薬。

僕はその薬を、彼女に試してみたいという衝動を抑えられないでいた。

美しく、やさしく、僕を真っ直ぐに見つめてくれていた彼女。

僕は彼女が好きだった。ふたりとも同じ想いでいるということを知った時の喜び。

だが、その喜びは長くは続かなかったのだ。

彼女は、美しすぎた。

僕が彼女を想うように、他の男たちも彼女の愛を望んだ。

彼女のやさしさを勘違いする男が現れるたび

僕のこころは嫉妬で満ち溢れ、訳のわからない怒りを

彼女にぶつけていたのだ。

「どうして、そんなに疑うの?」

彼女の瞳が曇る。真っ直ぐに僕を見てくれていた彼女が

いつしか僕の前では目を伏せるようになっていった。

どうしようもなかったのだ!

彼女を想えば想うほど、僕は彼女を疑い、傷つけた。


その薬には、人の深層心理を読み取る作用があった。

「どんな薬かって・・?そうだな。きみの考えてる事がわかってしまう薬だよ」

彼女は息をのんだ。

「それを、私に試すつもりなの?」

「できたら・・・でも、危険だから、それはできそうにない」

「危険なの?」

「うん。まだ開発途中だし・・。どんな副作用があるかわからないからね」

「・・・・・私の本当の気持ちを知りたいの?」

彼女がいつものように、悲しそうに言った。

僕はいつものように、黙って窓の外を見つめていた。

嫉妬深い僕には、彼女のかなしみが見えなくなっていたのだ。

彼女の本当の想いも。


その日、いつもより早く研究を終えて、僕は彼女に会いに行った。

カバンの中には、新薬のサンプルが入っていた。

彼女とふたりで、薬の完成を祝いたかった。

部屋のドアをノックしようとして・・・彼女の声が聞こえてきた。

楽しそうな笑い声。

僕と一緒にいるときには、聞いたことがないような明るい声。

その声を聴いた瞬間、僕の心に、また冷たい炎が巻き起こった。

荒々しくドアをノックすると、部屋の中は、しん、と静かになった。

「今日は、早いのね。」

ドアを開けながら、彼女は僕と目を合わせないようにしている。

「うん。今日は、お祝いしようと思ってね」

「お祝い?」

「新しい薬が完成したんだよ」

僕は、途中で買ってきたシャンパンを取り出す。

「おめでとう!」

彼女はパっと明るい笑顔になって、僕を抱きしめた。

「ありがとう・・」 彼女の温かさを抱きとめながら、僕の目は部屋の中を素早く見回していた。

キッチンにグラスを取りに行く彼女。

僕はシャンパンをテーブルに置きながら、傍らの電話の着信記録のボタンを押す。

あいつだ。あいつと、電話してたのか。

もう止まらない。僕は、カバンの中から、新薬を取り出していた。



「やあ。来たよ。元気かい?」

眠っている彼女に、同じ挨拶を繰り返す。

あの日、彼女のシャンパンに薬を入れた。

強い副作用で、彼女はそのときからずっと、眠り続けているのだ。

美しい眠り姫

もう、二度と目を覚ましてはくれないのか。

「新しい薬を開発しているんだよ」

僕は彼女に語りかける。

「きみを、目覚めさせる薬なんだ・・・」

彼女が眠りについてから、僕は嫉妬から解放された。

だがそれは、彼女が他の男の手から遠ざかったのではなく

僕の手からも、失われてしまっただけのことだった。

彼女の本当の気持ち、真実の想いをどうしてあんなに知りたかったのだろう。

なぜ、あれほどに、彼女を疑ったのだろう。

彼女を信じられなかったのはなぜなんだろう・・・・。

「きみが本当に眠り姫で」 僕はささやく。

「僕の口づけで、目をさましてくれたら良いのに」

「ああ、でも」

「僕は君の真の恋人ではないのかもしれないね。だから・・」

「だから、きみはこうして、眠り続けているのかな」

彼女に毎日会いに来るのは、愛しているからだけじゃない。

僕は僕の犯した罪に向かい合うために、こうしてここに来るんだ。

「僕は、君に薬を試すんじゃなかったね」

「僕は、僕自身が試すべきだったんだ」

彼女への本当の気持ち。それは、僕が知るべきだったんだ。

彼女を疑っていた僕が、薬を試せばよかったのだ。


僕はいつの間にか泣いている。

彼女の美しい手を、僕の頬にあてて。



遠くから、何かが水面に落ちる音が聞こえる
私は、耳をすます
そして ゆっくりと、目を開く。

目の前に海が広がっている
うねる波音が私をつつむ
湿った風に髪の毛をもてあそばれながら
私は、立ち上がる。 静かに そして、ゆっくりと。
ぐるりと辺りを見回して、ひとりっきりなのを確かめ
両腕を思いっきり伸ばしてから
私は私を抱きしめた。
目を閉じると、彼がそこに佇んでいる
彼の名前を呼んだ
声にならない。

最後に彼に会った時
彼が私を信じていない事を知った。
彼の瞳の奥で、何かが静かに燃えていた
それは 冷たい炎だった。
彼の深海のような瞳のなかで
私の泣きそうな顔と、その炎が重なっていた。
彼だって、私のことを愛そうとしていたのに
私には彼の疑いや嫉妬が、ただひたすらに自分を責めるだけのような気がして
心の底から信じてもらえない哀しさだけが、彼への想いのすべてだった。
そしていつの間にか私たちは遠くなり
いつの間にか、私の記憶が途切れていった。

この島は、もうすぐ沈むの。
私がここにたどり着いてから、ずいぶんと時間がたってしまったようなのだけど
その間にも、海がせり上がってくるのがわかる。
私も一緒に沈む。
沈む事は、怖くない。
あなたに会えなくなることだけが、嫌。
ふたりでいたときは、ケンカしてばかりだった。
あなたが私のこと、信用していなかったのと同じに
私も、あなたの気持ちを信じられなかったのだわ。
なぜなの?
お互いにお互いを思いあっていたはずなのに
いつの間にかふたりの気持ちがずれてしまって
自分のなかだけで、空回りしていたのね。
あなたは、この空の下で何を思っているのだろう
私のことを、少しでも思い出してくれているのかしら・・・・

私の気持ちはとりとめもなく
寄せる波のようにくり返し、くりかえし、繰り返され
そのたびに、海へ沈んでいく。
ああ、もう考えるのはよそう。
私の心の中には、彼しかいない。
何度も、何度でも同じ質問をしても
答えはひとつ。
私はこの気持ちを抱いたまま、海に沈んでいく
海の底にたどりつくまで
このままの想いを持ち続けて
私は眠りにつくのだ・・・・・・


目を閉じたその瞬間
渦を巻く海に、私の長い髪が呑みこまれていった。



遠くから、何かが水面に落ちる音が聞こえる
あたたかい。
ポタッ・・・ ポタッ、、、それは雪解けの滴のように
私に 注がれている。
私は耳をすます
そして、ゆっくりと

           目を 開く。




めざめ




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